「これは私たちの物語」と国境を越え、各国の映画祭で絶賛されている台湾のアニメーション映画『幸福路のチー』(11月29日公開)。30代半ばの女性が半生を振り返り、「あの頃なりたかった自分になれている?」と自問する姿が「何者にもなれなかった」大人たちの心をぎゅっとつかみます。
自伝的物語を映画にしたソン・シンイン監督は、京都大学にも留学経験のある才女。「人に認められたいと願って生きてきた」と言うソン監督に、重荷を下ろして生きるヒントを聞きました。
【前編】「ずっと他人から認められたいと願って生きてきた」台湾映画監督の“幸せ探し”
誰もが重荷を背負っている
——『幸福路のチー』は、チーと同世代の女性だけではなく、昨年東京の映画祭で上映された時も中高年の男性が涙していたと聞いています。それはこの映画が、「何者にもなれなかった中年の悲哀」を描いているからだと感じました。
ソン・シンイン監督(以下、ソン):台湾で公開された後、映画を見て泣いたという50代の男性からメッセージをもらいました。大学の教員だそうなのですが、「昔から研究したいことがあったのに、今では毎日学生の授業に追われ、自分の研究ができなくなってしまった。子供の頃に夢見ていた大人になれなかった」と、自分とチーを重ね合わせた感想が書かれていました。
——監督ご自身を含めて、この映画はそんな大人たちを肯定しようとしているように感じました。
ソン:そういう意図もありました。ずっと順風満帆な人生なんてあり得ません。山あり谷ありです。人生がほろ苦くてつらいなら、それはあなたが家族や周囲の期待に応えられなかったからではなく、自分自身が“なりたかった自分”への執着を捨てられていないからです。私がこの映画で言いたかったのは、誰もが背負っている重荷を「下ろしていいよ」ということです。
30代になるまで「何者かになりたい」と思っていた
——ソン監督の背負っていた重荷とは?
ソン:私も大きなプレッシャーを抱えて生きていました。私は勉強の良くできる子だったので(ソン監督が通った台北市立第一女子高級中学は台湾の最難関女子校)、幼い頃から両親に「医者になれ」と言われて育ちました。台湾では、医者になればお金持ちになれると思われていますから。
だけど私は医学部には進まず、大学卒業後も給料のいい仕事に就きませんでした。日本ではどうか分からないですが、親は医者や弁護士、会計士などになれと言いませんか?
——女の子には、特に望まない職業かもしれません。
ソン:台湾では、勉強が得意な子であれば、娘にもやはり医者や弁護士になれと言う親が多いんです。
——しかも、監督が学生だった頃の台湾は高度経済成長の真っただ中で、さらに38年におよぶ戒厳令が解除されて社会が大きく変化していた時期。社会の空気が「もっと上へ」という感じだったそうですね。
ソン:そうです。「偉人になって事を成したい」という人が多かったんです。皆がさらに上を目指して頑張ろうとしていた。私も30代になるまでずっと「何者かになりたい」という願望を持っていました。
人生仕切り直すなら、具体的な夢を持って
——具体的な目標はあったのですか?
ソン:それがないことに焦っていました。私は新聞社で記者をしていたのですが、誰かに認められたい一心で働いていたように思います。頑張って、頑張って、倒れて入院するまで働きました。幻聴や幻覚の症状も出て、鳴っていないのに鳴っているような気がして、携帯電話をずっと見つめていたりしました。
一体、何を手に入れたかったのでしょうか? 他者から認められても、その後は? 私の高校時代の同級生には、親の希望どおり医者になった子も大勢います。だけど、彼女たちも幸せそうではなかった。
例えば、同級生の中に、医者になった後、やはり医者の男性と結婚した子がいます。彼女はずっと夫から家庭内暴力を受けていたのですが、世間体があるので誰にも相談できなかったそうです。だけど、はたから見れば人生の成功者に見える。それって手に入れたい人生でしょうか?
——映画の中のチーは本当に欲しい幸せに気付き、自らの意志で人生の選択をしますね。監督も米国から台湾に帰り、映画監督になったわけですが、それまで抱えてきた重荷をどうやって下ろしたのでしょうか?
ソン:自分でもよく分からないのですが、ある時、あまり自分にプレッシャーをかけるのはやめようと思えたんですよね。この映画に、実際私が心から信じているセリフがあります。「自分が何を信じるかで、人生が決まる」です。
——30代、40代からでも人生を仕切り直したいと思った時、大事なことは何だと思いますか?
ソン:仕事で新しいことを始めるということに絞って考えると、「夢」は持っているべきだと思います。だけど、現実的で具体的な夢じゃないといけない。永遠にかなわない夢を見るのではなく、実現可能かどうかは見極めなければいけないと思います。バランスが大事ですよね。
『幸福路のチー』のストーリーは…
アメリカで暮らすチーの元に、台湾の祖母が亡くなったと連絡が入る。久しぶりに帰ってきた故郷、台北郊外の「幸福路」は、チーの記憶とはずいぶん様変わりしていた。自分は変わってしまったのか? 幼い頃からの記憶をたどりはじめるチー。人生の岐路に立っていた彼女が、最後に下す決断は……。
『幸福路のチー』
11月29日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか、全国順次ロードショー
(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
(聞き手:新田理恵)
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情報元リンク: ウートピ
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