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ただいま。おかえり。そして新しい「いらっしゃいませ」【渋谷ゆう子】

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「ウートピ」再オープンを記念して、これまでウートピで連載や執筆をお願いした方々にメッセージをいただきました。今回は、著書に『揺らぐ日本のクラシック』(NHK出版新書)や『生活はクラシック音楽でできている』(笠間書院)などがある、音楽プロデューサーの渋谷ゆう子さんに寄稿いただきました。

“自分らしさ”って何だろう?

小説家・平野啓一郎が提唱する「分人」という考え方がある。従来、人間の性質はひとつととらえられているのが一般的だ。個性いう名の、唯一固有の性質が “自分らしさ”“本当の自分”についての定義である。対して平野のいう「分人」は、対人関係ごとや環境ごとにその人は分化していて、相手によって、また立場によって異なる人格がいくつか存在することを意味する。それら複数の人格すべての集合体をして“本当の自分”だと捉える概念だ。

確かに、幼い頃から先生の前で振る舞う社会的な人格と、家族の中、友達の中にいる自分とは違っているように感じていた人も多いだろう。大人になってからでも、仕事中の自分と、また親や子どもに対する接し方と、恋人や夫に見せる顔は違っているように思える。そしてそのどれもが、紛れもなく「自分」を形成している。

それはまるで、ひとつのピザにさまざまな味のソースや異なる具材をのせて、バリエーションある一枚の商品とするに似ている。私たちはだれもが、仕事の時間ではピリ辛の自分を切り分けて差し出している。

恋人の前では、とろとろに溶けたクワトロフォルマッジにさらに蜂蜜をたっぷりかけている。時にはカロリーを気にするかのようにサラダ仕立てであっさりしていたりもするかもしれない。そのどれもが紛れもなく人生の一部で、そのどれもが、ぜんぶ私たちそのものだ。

しかし、どれほど一見違った見た目のピザであっても、ピザにはその土台たる生地がそもそも重要な最初の選択肢である。薄めでパリッとしたクリスピー生地を選ぶのか、縁にたっぷりとチーズが挟まった、ふわふわでボリューミーな豊かな味わいを選ぶのか、そしてさらには、人によっては、いやピザによっては土台の生地さえ一種類ではない。生地があってこそ、上に乗るソースと具材がいきるのだから、まずはそこが美味しくなければ。

自分の“土台”に視線を向けた時間

人間にとって、このピザ生地とは何だろうかと、この数年ずっとそれを考えてきた。カラフルな「分人」が活かされるための土台を育むには、何が必要なのだろうかと。あの世界的なパンデミックによってあの頃、ソーシャルディスタンスの名の下に、人々は「分人」のカラフルさを発揮できないことに陥っていた。社会的な顔は、画面越しにしか生きる場所がなく、場合によっては家族とでさえ隔離された。

わたしがそれまでウートピで書いていた世界は、煌(きら)びやかなウィーンでの音楽や舞踏会であり、海外でのショッピングであり、そんな場所に行くための長距離フライトのお役立ちグッズで、“見た目にもゴージャスで美味しそうなパンチの効いたピザの部分”だった。それが一転して、渡航は阻まれ、国内移動すら満足にできなくなったことで、わたしは自分のピザの具材が取り払われてしまい、そして現れたその下の生地、“土台”を意識せざるを得なくなったのだ。

海外の仕事の一切を失ったありあまる時間の中で、わたしはいつもより多くの本を読むようになった。映画を観て、音楽を仕事ではなくじっくりと味わった。テイクアウトやウーバーでお気に入りのレストランの料理を家で楽しみ、ワインショップからお取り寄せをした。長時間過ごすことを前提に、心地よくいられる家の空間を目指した。

近所の花屋で、定期的に小さなブーケを買うように心がけた。煮込み料理のためのしっかりした鍋を新調した。本当に話したい人とだけ、ゆっくりオンラインで時間をとった。子どもたちの顔をしっかりと見て、一緒にゆっくりと朝食をとった。

迫り来る見えない恐怖に苛まれながら、世界中の人々があの頃、わたしと同じように時を過ごしていたと思う。全てが止まってしまったからこそ、持たざるを得なかった時間と距離の中で、わたしたちは視線を足下に移したのだ。さて、本来のわたしの土台生地は何だったのでしょうかと。

そして、わたしは書き始めた。音楽のこと、映画のこと、バレエやオペラ、舞台公演のことを。キラキラした見た目だけではなく、その下にある土台に響く心の機敏に向けて。

ただいま。おかえり。そして「いらっしゃいませ」

ウートピの読者のみなさまもきっと、また世界が開き始めたあの頃に、同じ気持ちでいてくださったのだと思う。大事なことはいつも、目に見える部分だけに存在しているのではなかったことを、この場所で共有できたのではと思う。いや、気づいていなかったのは、わたしのほうだったのかもしれない。ここにはいつも、たおやかに健やかに心を育んできた女性たちがいた。ずっとここにいたのだ。

思いつくままに書くわたしに、最初の原稿から丁寧に寄り添ってくださっている編集者の堀池沙知子さんが、この場所を新たに心地よく整備して、開いてくれたことを心からうれしく思う。わたしもまたここで、素敵なことに出会えるのだと思うと、新しい記事も、アーカイブの公開も待ち遠しい。そしてわたしもまた新メニューのピザを味わいたい、いや自分で作り出していきたいと思う。

この場所が、すてきな女性たちのカラフルな「分人」のどこかに、そして土台生地作りにもそっと寄り添ってくれるのだと思うと、なんだか行きつけのピッツェリアに来たような、そんな懐かしくも温かな気持ちになる。

ただいま。おかえり。そして新しい「いらっしゃいませ」

渋谷ゆう子

情報元リンク: ウートピ
ただいま。おかえり。そして新しい「いらっしゃいませ」【渋谷ゆう子】

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