「伏線回収が気持ちいい」「これぞミステリーを読む喜び」と昨年の発売直後から話題を呼んだ櫻田智也さんによる警察ミステリー『失われた貌(かお)』。重層的な謎と人間の多面性を描いた本作は、長編デビュー作ながら累計発行部数10万部を突破。さらに「2026年本屋大賞」にノミネートされ、注目を集めている。
「ミステリーは、作者も窮屈なほうが面白くなる」と話す櫻田さんに話を聞いた。
<ストーリー>
山奥で、顔を潰され、歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた死体が発見された。不審者の目撃情報があるにもかかわらず、警察の対応が不十分だという投書がなされた直後、上層部がピリピリしている最中の出来事だった。事件報道後、生活安全課に一人の小学生が訪れ、死体は「自分のお父さんかもしれない」と言う。彼の父親は十年前に行方不明となり、失踪宣告を受けていた。無関係に見えた出来事が絡み合い、現在と過去を飲み込んで、事件は思いがけない方向へ膨らみ始める。

『踊る大捜査線』『相棒』…警察小説を書いたワケ
──まず、警察を舞台にしようと思った経緯から教えてください。
櫻田智也さん(下記、櫻田):これまで素人名探偵のような主人公を描いてきたのですが、初めて長編を書くにあたって、短編とは違うアプローチをしたいと思ったのが出発点でした。だったら刑事を主人公にして、人の生死に関わる事件を調べるべき人間が捜査する、というスタイルで書いてみよう、と。
そのうえで、架空の町を舞台にしたかったので、地方にある「どこかの県警」の物語にしました。
──取材もかなりされたのでしょうか?
櫻田:実は、足で動く取材は、ほとんどしていません。テレビや新聞で見たニュースがヒントになることはありますし、僕らの世代だと『踊る大捜査線』から『相棒』まで、リアリティ重視の警察ドラマが“基礎知識”になっている部分がある。そういう土台は大きいですね。
直接参考にしたのは、警察庁や各県警が発信している情報です。たとえば「宿直」のシーンを書きたいと思ったとき、警察官の一日を紹介しているページがあって、当直勤務がどういう流れかが書かれている。僕の場合は「先に書きたいシーンがある」→「それを補完してくれる公的情報やニュースを探す」という順番で、見つかればその設定でいく、という感じでした。
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ミステリーは「窮屈」だからこそ面白い
──長編は初挑戦だったそうですが、大変だったことがあれば教えてください。
櫻田:まず「終わらせられるのか」が不安でした。書き始めた時点ではそれ自体が挑戦で。短編の感覚のままだと、伏線や手がかりが長編の中でどのくらい目立っているのか、読者に伝わる形になっているのかが分からない。さらに300ページ読んでもらうには、何が起きているか分からない状態が続くと読んでもらえない。どう興味を引っ張るかを、書きながら探っていきました。
最初は事件の着地は決まっていても、途中の道筋は細かく決めていなかったので、書きながら道筋を見つける。すると無駄なシーンが増えたり、枚数は増えたりするのに話が進まない感覚があって、道筋が見つかったら遡って整理して……を繰り返しました。
──「道筋」というのは、書いている最中に見えてくるものなんですか?
櫻田:見えてくる、というより、ゴールは決まっているんです。だから「刑事がそのゴールにたどり着くにはどうしたらいいか」を考える。まず「こことここのつながりを見つけたい」と思う。
じゃあ、そのつながりを見つけるには、刑事にどんな情報が必要なのか。誰に会わせればその情報が手に入るのか。そうすると「この登場人物が必要だぞ」というように、少しずつ詰めていく。そこができたら「次はこの情報がないと進めないよね」というふうに、順繰り順繰り進めていく感じです。
──まさに「産みの苦しみ」ですね。
櫻田:「見つかった瞬間の喜びのために書いている」ところはあるかもしれません。それと今回は、主人公の刑事に“カメラを固定して”物語を進めるって決めていました。
──日野刑事ですね。
櫻田:はい。日野が逐一、手がかりや情報を得て「ああ、そういうことか」と進んでいく。だから、急に視点が変わって別の誰かが何かをして情報を得て、それを組み合わせる、のようなやり方ができなかったんです。事件解決のための情報を「一人に集めていかなきゃいけない」作業がある。そこは書く側としてかなり窮屈でした。
ただ、ミステリー自体がそもそも窮屈な形式なんですよね。だいたいスタートに事件があって、ゴールがあって、書かれている情報だけでつながなければいけない。自由度があまりない形式なのですが、作者にとっても自由度はないほうがいいと思っているんです。
──どういう意味でしょうか?
櫻田:窮屈だからこそ、作者自身も必死に抜け道を見つけようとするし、その過程がスリリングで、僕が「いける」と気づいた感動や驚きを、作品にそのまま載せられる。今回はそこがうまくいった部分が大きかったですね。
──伏線の回収が見事でした。関係ないと思っていたことまで、細かいところまで回収されていて「ここでつながるの!?」って。
櫻田:事件の真相はシリアスですし、謎解きだけでは窮屈になりがちです。だから今回は、主人公が推理に使う“手がかり”とは別に、物語として収まりがつくように「事件の外側の伏線回収」を多めに入れていきました。事件の解決に直接関係ない伏線ですね。
──外側の伏線がポンっと投げられて、それがあとからじわじわと効いてくる。読者の立場に立ったときも伏線回収はお好きですか?
櫻田:好きですね。伏線回収に魅せられて推理小説を読んでいるところもあリます。現代ミステリーは「伏線回収、伏線回収」って言われるように、みんな伏線回収が好きなんだと思います。僕自身も、古典の推理小説からもう一歩進んだ「物語としての収まり」みたいなものを意識して書いているし、そういうのが好きなんじゃないかな、と思います。
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人間はいろいろな「かお」を持っている
──タイトルが『失われた貌(かお)』ですが、「かお」をテーマにした理由は?
櫻田:「かおのない死体」自体が、トリックとしては古典的で定番中の定番ですよね。身元不明の遺体が現れたとき、それが何を意味するのか。よくある道具立てを最初にみせることで、「これは謎解きミステリーですよ」ということを、まず示したかったんです。そのうえで、読者の想像から、いかにズレた展開にもっていけるかという挑戦でした。
──人物描写もすごくリアリティがあって、一人一人の背景もすごく丁寧に書かれている。それもやっぱり櫻田さんが普段執筆されるときに意識されているところなのでしょうか?
櫻田:長編なので、人物は丁寧に書きたいと思っていました。日野刑事が初めて出会う人物については、日野自身も興味を持つはずなので、特徴をなるべく出したかった。
もう一つは、どの人物にも「違う面」を見せたいということ。主要人物は複数回登場するので、最初の印象と違う見え方をさせたい。バーのマスターが、最初はそっけないけど、次に会うと違う、といった具合に。推理小説は「表の顔があれば裏の顔もある」世界でもあるので、人物に複数の印象を持たせられたら、と。
──その人間観というか、「人には多面性がある」という感覚は、普段から櫻田さんが持っているものですか?
櫻田:やっぱりそうですね。僕自身、こうしてお話している時と、プライベートの僕がまったく同じということはありえない。いい格好をする時もあれば、相手によってそうじゃない場合もある。
古典的なミステリーの書き方だと「こういう人はこういう行動を取るでしょ」という理屈になっていたりするんですよね。「キレイ好きな人がこんなことするはずがない」とか、「キレイ好きだったらこうするだろう」とか。そういう書き方はしたくないなと思っていて。その人の考え方や、行動の揺らぎ――「したくないけどこうなっちゃった」みたいな部分でミステリーを作れたらいいなと思っています。
──それが人間だと思うし、相手や場面によって、自分の出方や見え方が変わる感覚があります。
櫻田:ですよね。それに、年齢を重ねるにつれて見えてくるものもある。昔は物語で“汚い世界”が描かれていると、それは読みたくないと思ったけれど、大人になって働くと、社会のそういう面があるよね、まあ仕方ないよね、とわかる部分も出てくる。そういうのが自分で分かってくると、読むものへの感想も変わるし、書きたいものも変わってくる気がします。
例えば、僕が若い頃にデビューして、この題材を書こうと思ったら、全然違うものになっていたと思います。40代後半になって、経験が積み重なったからこそ、こういう形になったんじゃないかなと。
「かお」の話に戻ると、「かお」も単に顔面ではない。直接的には身元不明である、ということにかかってはいますけれども、その人の存在みたいなものを象徴できたらいいな、と。顔面が消えていることより、「かお」というものがなくなることで、その人が分からなくなっている、人が消えている、という含みを持たせたいと思いました。
「2026年本屋大賞」は4月9日(木)発表予定。
★お知らせ
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(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
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情報元リンク: ウートピ
「ミステリーは窮屈だから面白い」「人は一つの“かお”とは限らない」 本屋大賞ノミネート『失われた貌(かお)』が生まれるまで